「相手企業の支払い能力をどこで判断すればいいのだろう」「キャッシュフローのどこに注目すれば与信審査を上手く行えるのかわからない」とお悩みの与信管理担当の方は少なくありません。
与信枠を正しく設定するためには、経営状態だけでなく経営者の資質や業界の将来性などまで含め、さまざま要素の分析が必要ですが、特に支払い能力の判断は難しいものです。
一見優良に見えた企業が黒字倒産したり、逆に危うい経営と思われたところが意外に安定しているなど、判断に用いるべき指標は多く与信管理を長く担当していても判断に迷うケースは多々あります。
今回は与信審査で確認しておきたい3つのキャッシュフローと、注目するべき3つのポイントについて、実務に踏み込んで徹底解説していきます。
尚、与信や与信管理の基本的概要について知りたい方は「与信とは?企業にとって重要な与信管理についてポイントを解説」の記事もご参考ください。
目次
与信審査で確認するべき3つのキャッシュフロー
与信を審査する時に必要になるのは、数値的な定量データと、企業のポテンシャルと言える定性データの両方から読み解く、企業の本来の資産力と生産力です。
そのうち定量データの判断で必要となるのがキャッシュフローの見極めです。決算書などの数値上は一見優良経営に見えても、突然黒字倒産するケースも多々あります。
実際にあった過去の大型黒字倒産として、江守グループホールディングス株式会社の実例があります。2010年3月期からは損益計算書の上では非常に好調な増収増益が続いていましたが、実際には5期連続で営業キャッシュフローがマイナスになっていました。
原因は中国に置いた子会社が不正経理によって大規模な売り戻し取引を行い、数百億円規模で資金を流出させていたことでした。不正発覚後の調査によって相手先企業には経営実態がないことがわかり、代金は回収不能となったため、最終的に貸倒引当金462億500万円を特別損失として計上しました。
同社はこの特別損失計上により、一転して234億2400万円の債務超過に陥り、自主再建は不能ということで事実上倒産しました。その後の決算で債務超過は約343億円まで拡大し、最終的な負債は約711億円にも上りました。
このような隠れたハイリスク案件を見極めるには、営業活動、投資活動、財務活動の3つのキャッシュフローを丁寧に確認し、資金の流れとバランスを見極める必要があります。
営業活動によるキャッシュフロー
企業の営業活動によって得られる、本業でのキャッシュの流れを指します。企業が収入を生み出す能力そのものであり、企業自身の基礎体力を評価するキャッシュフローでもあります。
この営業活動によるキャッシュフローがマイナスである場合、投資資金を自己資本でまかなえていないことを表します。
財務面においても、借り入れの返済原資がないことの証左となり、企業の基礎的な体力が低いため、内外を問わずなんらかの要因を受けた時にたやすく経営状態が悪化する可能性を示唆しています。
一方でプラスの場合、本業の収入によって投資や借入金の返済が行えるため、なんらかの問題が発生した場合でも立て直す余力があることを示します。
そのためできる限りプラスであることが望ましい数値です。もし営業活動によるキャッシュフローがマイナスの場合、マイナスになっている内容を丁寧に精査し、吟味しなければいけません。
一時的なものであるのか、常態化しているのかによって、同じマイナスの数値でも扱いが異なってきます。
投資活動によるキャッシュフロー
企業が保有する固定資産や投資有価証券といった、投資に関連する分野の購入・売却によって生じたキャッシュの流れを指します。
与信管理上、注目すべきポイントは2つあります。
- 投資活動によるキャッシュフローがマイナスの場合は本業によるキャッシュフローで負担可能な範囲を越えていないこと
- 投資活動によるキャッシュフローがプラスの場合は売却した資産の状況や売却して資金が必要となった理由などに注目して吟味すること
1点目は投資活動によるキャッシュフローがマイナスで、もし営業活動によって得られるキャッシュ以上の投資を行っている場合、外部からの資金調達を行わねばなりません。その場合金利負担によってさらにキャッシュフローに負荷が増加するからです。
2点目は、上記がプラスの場合、投資した資産の売却によって資金の捻出をせざるを得ない状況に陥っているケースが多く、本業によってキャッシュを生み出せないために資金繰りが悪化している可能性が想定されるためです。
財務活動によるキャッシュフロー
財務活動に関係するキャッシュフローは、企業の借り入れと返済の状況を示すものです。
このキャッシュフローに着目することで、金融機関からの資金調達とその返済、自社の株式発行による資金調達と株主への配当金の支払い、社債発行による資金調達と償還など、各種の資金調達ルートに関係する財務状況がわかります。
与信管理において注目するべきポイントは以下の3つです。
1.財務活動によるキャッシュフローがマイナスの場合には、営業活動によって生み出されたキャッシュの範囲で捻出されていること。もし超過している場合、調達した資金に対して返済能力がキャッシュの生産能力を越えていることを示し、債務超過に陥っています。
2.一方でプラスの場合にも、借入金の積み増しや社債発行による資金調達のケースがあります。資金が必要となった理由を確認し、自転車操業状態に陥っていないかを調べることが重要です。
3.一番注意すべき点は、財務活動によるキャッシュフローは、営業活動によるものと、投資活動によるものとのバランスが取れていることです。
他のキャッシュフローの不足を補うために借り入れが増大していないか、投資はしっかりと最終的に営業活動に寄与し、財務を補填しているか、キャッシュフローを丁寧に見なければいけません。
3つのキャッシュフローの見方
3つのキャッシュフローのバランスによって、企業がどのような経済状態にあるかある程度予想することができます。バランスの状態を見ることで、与信審査の上での判断のポイントが変わるため、よく注意しなければいけません。
以下に8つほどパターンを紹介します。
①優良企業型
営業によるキャッシュフローが大きく、投資と財務のマイナスは少量な、キャッシュフローとしての理想形です。本業によって充分なキャッシュが生み出され、余剰の範囲で投資を行い、融資に対する返済を行っています。与信管理上、優良な取引先といえます。
②成長企業型
大きく融資を受けて積極的に投資を行い、営業によるキャッシュを伸ばすベンチャー企業に多いキャッシュフローの形です。投資効果によって最終的に営業のキャッシュフローを伸ばすことを目的としています。成長の期待値を含めた与信判断が必要です。
③事業転換型
営業のキャッシュフローに対し、投資と財務も大きくプラスになっているキャッシュフロー型です。本業は好調ですが、何らかの理由で事業転換を図っているため、資金の余裕を作るために借入金を導入して保有資産を売却しています。
与信管理上、事業転換の理由や事業内容を精査しなければいけません。
④事業検討型
営業、投資、財務の全てがマイナスに陥っているキャッシュフロー型です。主力事業が低迷している企業に多く、本業でキャッシュが生み出せない状態に陥り、過去の資産から投資と返済を行っています。
与信管理上、主力事業の復調またはそれに変わる事業があるかを見極めなければいけません。
⑤事業再建型
営業と投資のキャッシュフローがマイナス、財務のキャッシュフローが大きくプラスを担っているキャッシュフロー型です。
一度経営が事実上破綻したあと、再建するために借り入れを行い、投資することで、営業によるキャッシュフローをプラスに転換しようとする途中の状態です。
経営再建までの業績の見通しや資金繰り状況によっては再度破綻の可能性があることに注意して与信管理を行います。
⑥ダウンサイジング型
営業と投資のキャッシュフローがプラス、財務のキャッシュフローが大きくマイナスになっているキャッシュフロー型です。不採算事業を整理し、事業縮小を行っている最中の企業に多く見られます。
保有資産を売却し、現在の借入金を返済して財務のキャッシュフローによる経営への負荷を軽減している状態であるため、事業縮小後の状態を見極めながら与信管理を行います。
⑦融資停止型
営業と財務のキャッシュフローがマイナス、投資のキャッシュフローがプラスになっているキャッシュフロー型です。特に財務のマイナスが大きい場合、非常に高い確率で金融機関からの融資が途絶え、保有資産を売却して返済に充当しています。
このようなキャッシュフロー型に陥っている場合、与信管理としては問題案件として処理を進める必要があります。
⑧要注意型
営業がマイナス、投資と財務がプラスの状態のキャッシュフローです。この状態はもっとも危険な経済状態を表しており、本業でキャッシュが生み出せない状態に陥って、借入金と保有資産の売却で当座の資金繰りを行っています。
与信管理上、問題案件として注意して動向を伺い、当面の資金繰りの状態にアンテナを張り巡らせ、場合によっては速やかに事故として処理を進めなければいけません。
与信審査で注目するべき支払い能力の3つのポイント
与信審査で注意しなければいけないのは、キャッシュフローのバランスから読み解ける企業の資産と成長力だけではありません。
企業としての支払い能力がどの程度あるのかに着目し、与信限度額に対して充分な資産を保有しているのかを判断する必要があります。
そこで注目すべきなのは、安全分析と呼ばれる2つの数値の見方と、企業のストック資産です。それぞれどこに注目して判断するのか解説していきましょう。
黒字倒産のリスクを避ける短期的な安全性の確認
黒字倒産が起きるのは支払いサイトに関わる短期の安全性が崩れていることが原因です。この安全性を判断するには、企業の支払能力に関わる安全性分析を行う必要があります。
安全性分析は短期的な支払能力を算出するもので、企業の倒産リスクを評価する手法の総称でもあります。
短期支払能力は、一般的に流動性とも呼ばれ、代表的に用いられる比率として「流動比率」と「当座比率」があります。
流動比率
短期的な安全性を示す要素の一つで、流動資産と流動負債の比率を計算して算出します。
- 流動比率(%)=流動資産÷流動負債×100
この比率によってわかるのは、短期的な支払期限が到来する流動負債に対し、充当が可能である流動資産がどれくらいあるのかを示します。200%以上が好ましい比率となりますが、日本企業のほとんどが200%に満たない状態にあります。
短期支払能力を分析する時にもっともポピュラーな指標として用いられます。
当座比率
短期的な安全性を示す要素の一つで、アメリカの銀行業アレキサンダー・ウォールによって1900年代の前半に提唱されました。以下の計算式で算出します。
- 当座比率(%)=当座資産÷流動負債×100
流動資産に含まれる棚卸資産は、売却まで返済に使用できる資金化ができないため、短期負債の返済に充当できない場合があります。流動比率が200%を超えて理想的な状態であっても、流動資産に対して棚卸資産が占める割合が大きい場合、支払能力が不足して弁済不能となります。
そこで、即座に支払に使える当座資産を用いて計算するために考え出されました。
換金性が高い現金預金や売掛金、手形、有価証券のような資産を当座資産として設定して計算し、100%を超えていれば安全性が高い企業と評価されます。
企業の持つストックの部分に注目する
ストックとは、企業が保有する資産の換金力を指します。キャッシュフローが悪化し、本業でのキャッシュの生産が低下していても、保有している資産を換金することによって支払に回すことができる場合、保有資産も支払能力として評価する方法です。
与信審査を行う場合、キャッシュフローによる安定性だけでなく、相手先企業が資産の売却で得られる支払い能力がどれくらいあるのかを確認します。
このストックが高いほど、最悪キャッシュフローがショートして債権回収を行う場合でも、ある程度の債権の確保が可能になります。
経営者の定性データが必要である理由
企業の情報を分析する際に、定性データとして経営者や一族の資産状況なども確認する必要がある理由は、このストックに影響するためです。
企業が経営破綻に陥った場合、原則として経営者は責任を負う必要はありません。しかし、連帯保証人や担保提供者であった場合、また、善管注意義務違反を問われた場合は経営者にも個人責任の支払い義務が発生することがあります。
その場合、経営者個人の資産もストックとして含まれるため、企業の与信審査においては定性データとして重要な要素となります。
個人事業主の場合の与信審査
個人事業主に対する与信審査は、企業の信用調査よりも基本的に困難です。個人事業主は決算書などを作成していない人も多いため、そもそものキャッシュフローを把握することができません。
大手の信用調査会社では個人事業主に対する情報が圧倒的に不足するため、信用調査を行う探偵会社や、個人を調べる調査会社を使用することになります。その場合、都度見積もりになりますが、基本的に企業の信用調査よりも高額な調査費用が必要となります。
また、個人事業主の与信審査では、支払い能力の判断に慎重な判断が必要となります。店舗や事業所についても調査し、不動産などを所有している場合は登記を確認します。
その他、クレジットカードやスマートフォンのキャリア決済などの支払いにも焦げ付きがないかを判断しなければいけません。
定性データから資質を判断するため、対象となる個人事業主のブログやSNSまで精査し、人柄や評判、行動傾向を読み解きます。
与信の審査にはキャッシュフローと支払い能力のポイントを押さえることが大切
与信審査に必要な3つのキャッシュフローバランスと、3つの支払い能力について、どこに注目しながら審査を進めればよいのか理解が深まったでしょうか。
キャッシュフローのバランスは、全てがプラスであればよいというわけではありません。営業活動によるキャッシュフローが優れ、投資と財務のバランスが取れていることが大切です。
また、支払能力を示す指標とストック資産の保有量も、同時に与信審査には重要な要素を占めています。
これらを吟味した上で与信の審査を行い、与信限度額を設定したあとは、与信管理のために定期的に情報を更新し、与信の再評価と審査を行います。
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